学校にある穀倉について

 正門を入るとすぐのところにできた『穀倉』これは、所沢市の重要文化財、そうです所沢市の宝物です。
この穀倉は中富小のすぐ近くにある田中さんのお宅に今から約250年前ごろ建てられたものと推定されています。
多くの人の目にふれ、これからも長く大切に保存していってほしいという願いから、所沢市に寄贈され中富小学校の校庭に引っ越してきました。
 この穀倉、昔はどのように使われていたのか田中さんにお話を聞いてきました。田中さんの家は昔「醤油屋さん」でした。
みなさんがよく使うお醤油は、大豆から作られています。このお醤油を作るための原料である大豆を貯蔵していたのがこの穀倉ではないかと考えられているそうです。穀倉の床は地面にそのまま触れないように丸太で持ち上げられているのが皆さんも見るとわかると思います。また、高くなった入り口から重い大豆を出し入れするため入口の前には木の段があったそうですがそれは復元しなかったようです。
 では、見ることができない穀倉の中はどうなっているのでしょう。中は、昔3つに分けて櫃形にし、その柱に杉板をもって仕切って使われていたようです。その板は貯蔵する穀物の量に応じて、自由に抜き差しできるようになっていたので、田中さんはその板をはずし、家で作った麦俵を貯蔵するためについ最近まで使っていました。
 穀倉は、三富地区としてはもう一つ多福寺にも存在し、今ではたった2つになってしまった貴重な文化財です。
 この貴重な文化財を昔のままの状態で保存し多くの人が250年前の建造物『穀倉』を観ていけるよう、
皆さんも大事にしていってください。皆さんの子孫がこの『穀倉』の前に立って「この穀倉、千年前に建てられたんだって、」なんていう日が来るかもしれません。
平成13年7月6日発行 なかとみ 第119号より