昭和31年の向陽中学校学区地

この教材では、昭和31年の古地図を活用し、ポイントの場所と現在の風景とを照らし合わせることができるようにしました。

 向陽中の学区である新所沢駅周辺は昔「八丁山」といわれた雑木林におおわれていました。

 昭和34年に住宅公団が新所沢に団地を造成し一大住宅地となったために北所沢駅を「新所沢」と駅名を改称しました。

 また、緑町の北部や松葉町で狭山丘陵から流れ出した砂川堀が浸水を起こしたことがあります。現在では浸水対策も整い、こうした被害は出ていません。今でも、青葉町から流れ出た水は住宅地の中を通り抜け、砂川掘の水をたどることができます。

砂川堀の流路をたどる。

 目印になるものを見つけないと場所を特定するのはなかなか難しいです。

その目印のひとつが「砂川堀」です。

地図で砂川堀をさがすまえに、現在の砂川堀をたどってみましょう。

今から約50年前の向陽中付近の地図です。

さて、この古い地図上で現在の様子を写真で見てみましょう。